息子との体験をいかして
1989年、東京都多摩地区に試験的に導入された「三歳児視力検診」で、息子の弱視が発見されました。
眼科で「弱視」と診断を受けた時は、一生目が不自由なのか、と目の前が真っ暗になりました。(比喩ではなく、本当にショックを受けると、視界が暗くかすんで、医師の説明も遠くなり、視力も聴覚もにぶることがわかりました。)
「遠視性の弱視」ということでしたが、自分が近視でも、屈折異常の正しい知識もなく、遠視と老眼の区別もつきません。
発見が早かったから、メガネをかければ視力は回復する、という説明を受けても、何故メガネだけで治るのか理解できませんでした。家庭の医学などを調べても、当時は弱視についての詳しい説明も見つかりませんでした。
当初、メガネをかけるだけで、定期的に眼科を受診していましたが、子ども好きの先生とは言えず、待合室で小さな声で話しているだけで怒鳴りつけられるという、緊張感ただよう眼科でした。
半年後、矢沢興司先生を紹介されました。矢沢眼科は、子どもの患者さんがたくさんいて、オモチャも貸していただけて、待合室で絵本を読んで待っていることもでき、それまでの眼科と大違いでした。子どもの緊張感も解け、喜んで通院できるようになりました。
「不同視弱視」だったため、アイパッチ訓練も始めました。目と同時に手先を使うと良いということで、テレビゲームを取り入れた訓練を毎日1時間していました。
おかげで、小学校入学前に、0.06の視力が1.0まで回復し、現在では家族で一人だけメガネなしでも生活できるようになっています。

あの時、三歳児健診をサボっていたら、視力検診が導入されていなかったら、眼科での検査をすぐ受けに行かなかったら、弱視だと気づかず、息子の視力は一生メガネをかけても0.06のままでした。
「三歳児視力検診」が、弱視を早期発見する目的で導入されたことも、知らない人が多いでしょう。異常を発見されなければ、視力検診を受けたことさえ記憶にない保護者がたくさんいます。
「三歳児視力検診」が実施されて10年たっても、就学時健診まで視力の異常が発見されず、訓練に苦労される話も多く聞きました。幼稚園の先生でも弱視のことや子どもの視力の発達のことを知らない場合が多く、周囲の大人が子どもの目についてもっと知っていれば、多くの弱視児が救われると実感しました。
主治医でソフトの監修をお願いした矢沢興司先生からも、ビデオやソフトの必要性を伺っておりました。
矢沢先生と順天堂大学にご協力をお願いすることで、東京都の助成金事業として認定され、「子どもの目の健康マニュアル」の開発が実現しました。
さらに、CD-ROMソフトでは利用できる場所が限定され、多くの方に見ていただくセミナーなどではビデオの方が便利との声が寄せられました。その声にお応えして、CD-ROMの解説編から映像化できる部分を抜粋し、ビデオ版およびDVD版を開発致しました。
子どもに接する大人は全員、子どもの目について正しい知識を持ち、子どもの目を健康に育てる義務があります。
異常を早期に発見し、手遅れになる弱視を減らし、長期間にわたる弱視治療を継続できるために、少しでもお役に立てればと願っております。


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